「新型うつ病」なるものが蔓延しているのだという。クリニックの予約を取ろうとしても患者が多すぎ、新患は3ヶ月も待たされる場合もあるそうだ。仕事中にだけうつになり、会社の外では元気、というのが特徴で、若い世代に目立つというこの「新型うつ病」、なぜ増えているのだろうか。
■自分を責めるのではなく、身近な人間を攻撃
精神科医の香山リカさんは、著書「うつ病が日本を滅ぼす!? 」(2008年5月20日刊)にこんなことを書いている。
「本当にこれが『うつ病?』と自分で書いたはずの診断書を改めて見返してしまう」
これまでの「うつ病」といえば、几帳面でまじめな人がかかりやすく、落ち込み、自分を責め、自殺に至るケースが多いというイメージだった。しかし、07 年から急激に増えだしたとされる「新型うつ病」は、仕事中だけうつで、帰宅後や休日は普段通り活発に活動する。自分を責めるのではなく、身近な人間や社会に対して攻撃的な態度になり、休職したとしても会社や同僚かける迷惑などあまり感じない、というのが典型らしい。
朝日新聞の08年5月17日付けには、精神科クリニックが患者でパンク状態になっているのは「新型うつ病」患者が急増したからではないか、と書かれている。「新型」は20〜30代に目立ち、都内のあるクリニックでは患者の4割前後を占めるのだという。
厚生労働省の調べによると、うつ病、躁うつ病の患者総数は99年の44万1千人に対し05年は2倍の92万4千人に増加。製薬会社ファイザーが12歳以上の一般生活者4,000人を対象に、07年2月7日から07年2月16日にかけて行ったインターネット調査では、「一般生活者の12%、約8人に1人がうつ病・うつ状態の可能性」があるという結果が出ている。
■昔から別の病名として扱われていた?
こうした状況を、一体どう考えたら良いのか。「うつ病の真実」「専門医が教えるうつ病」などの著書がある防衛医科大学校病院副院長で、「日本うつ病学会」理事長の野村総一郎さんに聞いた。それによると、うつ病は症状や病気になる過程によって「メランコリー型うつ病」「双極性障害」「気分変調症」「非定型うつ病」の大きく4つに分類され、「新型」と呼ばれているのが「気分変調症」「非定型うつ病」に当たるのだという。そして、実はこうなんだそうだ。
「新型と呼ばれているようですが、それは、うつ病という診断はしてこなかっただけで、昔から別の病名として扱われていたんです。患者数は増えてはいますが、実態としてはここ数年で急に増えた、ということでもないんです」
うつ病と診断する基準は各国まちまちで、現在は米国精神医学会の診断マニュアル「DSM」を参考にするのが世界の趨勢なのだという。各国の医療関係者がこれを参考にし始めたのは、80年に画期的な変貌を遂げた第三版から。94年改定の第四版もほぼ同じ内容になっている。日本では「DSM」を参考にする医師は少なく、「新型」と呼ばれる症状については、パーソナリティー障害、抑うつ神経症などと診断していたのだそうだ。
それが数年前からようやく日本でも「DSM」を参考にする医師が増え、患者に伝わることによって、いきなり「新型」が大流行しているかのような錯覚をする人が増えたのではないか、と、野村さんは見ている。さらに、「DSM」は2011年に改定され第五版が出るが、「新型」と呼ばれているものが、うつ病として分類されるかのかもわからないのだという。