国立成育医療研究センターは1月15日、精子の中にある「クエン酸合成酵素」が受精卵を活性化させる精子ファクターとなることをマウスによる研究で明らかにし、クエン酸合成酵素の働きが年齢とともに弱まりクエン酸を合成できなくなることで、男性不妊を発症する可能性があることがわかったと発表した。この研究は、同センターの康宇鎭研究員、宮戸健二室長らの生殖研究グループによるもの。研究成果は、米国の病理学会誌「Laboratory Investigation」に掲載された。
男性の不妊症では、精子を作ることができない「無精子症」、精子が少ない「乏精子症」が知られている。一方で、精子が作られるのに受精できない症例や、年齢にともなって進行する男性不妊もある。このようなケースでは、診断が難しく、原因も明らかにされていない。研究グループは今回、加齢による男性不妊の原因を明らかにするため、研究を行った。
受精卵は精子と卵子が融合することで作られるが、精子と卵子の融合によって必ずしも全ての受精卵が細胞分裂を始める胚になるわけではない。受精卵が細胞分裂を始める「卵活性化」のためには、精子が卵子に融合したことを知らせるシグナルが必要だ。このシグナルは、卵子内でカルシウム濃度が上昇し伝播していく現象であり、精子から卵子への物質の移行が必要となる。この物質は精子ファクターと呼ばれ、これまでは「ホスホリパーゼCゼータ」1つだと考えられてきた。一方で、イモリの研究より「クエン酸合成酵素」も精子ファクターとして働くことが知られていた。
研究グループは、クエン酸合成酵素や、この酵素によって合成される「クエン酸」がマウスの卵活性化にどのように関係しているのかを研究した。マウスにはクエン酸合成酵素が2つあり、1つは精子の頭部に非常に多く存在することが判明。そこで、頭部の酵素を欠損させた雄マウスを作製した。
人間の年齢に換算し、30歳程度までのマウスは、もう一方のクエン酸合成酵素の働きが活発で、精子のクエン酸含有量はあまり変わらなかった。しかし、30歳を超えるマウスではクエン酸合成酵素の働きが弱まっており、クエン酸含有量の減少が見られたという。
次に、これらのマウスの精子の「卵活性化」について研究を進めた。その結果、クエン酸含有量の変わらない若いマウス(人間の年齢に換算すると30歳程度まで)では、欠損させたクエン酸合成酵素の代わりにクエン酸が精子ファクターとして働き、正常に卵活性化が起こることがわかった。一方で、クエン酸が少ない精子では卵活性化が起こりづらくなり、雄性不妊を発症したという。
同研究により、精子ファクターは少なくとも2つあることや、第2の精子ファクターである「クエン酸合成酵素」が加齢によって働きが弱まり、精子内で合成される「クエン酸」含有量も減少すると、男性不妊を発症する可能性があることが明らかになった。今後、研究グループは男性不妊患者を対象とした研究を検討している。この研究で、精子に含まれるクエン酸の含有量を測定することにより、男性不妊のリスク要因を評価する方法の開発などが期待される、と研究グループは述べている。