近畿大学によると、
近畿大学生物理工学部、遺伝子工学科 准教授 山縣 一夫と、浅田レディースクリニック(愛知県名古屋市)、扶桑薬品工業らの研究グループは、細胞内を生きたまま連続観察する「ライブセルイメージング」によりマウス受精卵の染色体分配の観察を行い、その受精卵を移植することで、受精直後の染色体異常が出生に与える影響を調べました。その結果、染色体分配異常を起こした半数以上の受精卵は胚盤胞期までに発生を停止したものの、胚盤胞期まで発生が進行した受精卵からは子が得られることがわかりました。興味深いことに、受精卵のはじめての分裂で染色体分配異常を起こした受精卵からでさえも子が得られました。また、詳細なDNA解析の結果から、胚盤胞までの発生過程において染色体数が異常な細胞が除去されるメカニズムが働くことが考えられました。本研究は、不妊治療において8細胞-胚盤胞前後にまで発生が進んだ段階で胚の一部の細胞を回収して染色体数を診断する「着床前診断」では産子を予測するのには不十分であることを示唆すると同時に、胚盤胞期まで受精卵を生育して移植することの重要性を改めて示しています。
受精卵が染色体分配に失敗すると、染色体数の異常を引き起こし、不妊につながると考えられています。ヒト受精卵のおよそ7割は染色体が異常な細胞と正常な細胞が混じった、モザイク状態であることが知られています。異常な細胞がどれだけ含まれているのかを間接的に知るために、受精卵から細胞を一部回収し、すりつぶしたうえで染色体を調べる方法がとられていますが、回収した細胞がどれだけ全体を反映しているのか不明であり、染色体分配の異常と発生および出生の関係を直接評価することはできませんでした。本研究ではマウス受精卵を用いて、ライブセルイメージングにより受精直後の染色体分配を胚全体で連続的に4日間直接観察し、その後移植することで染色体分配異常が生じたタイミングや染色体分配異常の程度によってその後の発生や出生に違いが生じるのか調べました。
本研究により、マウスにおいては受精直後に染色体分配に異常を起こしながらも胚盤胞期まで到達した受精卵からは子が得られることがわかりました。一方で、受精直後の染色体分配異常は胚盤胞期までの発生に大きく影響することがわかりました。本結果より、現在不妊治療現場で検討され始めている着床前胚の染色体検査において、生育した受精卵から細胞を一部回収し、すりつぶしたうえで染色体を調べる方法は、その後の産子の可否を予測するには不十分であることが推測されました。また、既報のように受精卵の細胞数を減らしてしまうためにかえって妊娠率の低下を起こす可能性も考えられます。本研究において、染色体分配異常を示さなかった受精卵は、胚盤胞期になったときに異常な細胞を含まなかったことから、染色体分配を観察することの有用性を示唆しています。今後、本研究で明らかになった、染色体分配と胚発生の関係をもとにした全く新しい、細胞の回収を必要としない染色体検査が開発されることが期待されます。
◯不妊患者の受精卵では、70%以上が染色体の異常が見られることがわかっており、それが発生停止や流産の主原因と考えられている。
◯マウス受精卵の染色体の動きを生きたまま顕微鏡で観察しその後移植することで染色体分配異常と出生の関係を調べたところ、初期の分裂で異常が見られた胚からも胚盤胞期に到達した受精卵は子になりうることを発見した。
◯本成果は、今後ヒトの不妊治療において子につながる受精卵を選ぶための新たな判断基準を与えることが期待される。
論文名:Chromosome segregation error during early cleavage in mouse pre-implantation embryo does not necessarily cause developmental failure after blastocyst stage