生殖補助医療による不妊症治療の現況

日医NEWSに載っていました。
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 女性側の両側卵管閉塞,男性側の無精子症など,in vivoの治療では解決できない不妊原因が時に判明する.一九七八年に英国で卵管性不妊症に対し世界初の体外受精・胚移植 (in vitro fertilization-embryo transfer;IVF-ET)が成功し,生殖補助医療(assisted reproductive technology;ART)は幕を開けた.本邦でも,一九八〇年代初頭にIVF-ETが臨床導入された.やがて本法の適応は,人工授精が奏効しない男性不妊症・抗精子抗体による免疫性不妊症・原因不明不妊症に拡大された.その後,重症の男性不妊症で受精障害を伴う場合や,無精子症男性の精巣精子を受精させる場合に,マイクロマニピュレーターを用いて行う卵細胞質内精子注入法(intracytoplasmic sperm injection;ICSI)(図1)が開発され普及した.
 本邦における最近のART出生児の割合は,総出生児六十五人当たり一人を占めている.
 ただし,導入当初は,ARTも決して妊娠率の高い不妊治療法ではなかった.そこで,まず採卵効率の向上を狙い,GnRHアナログ製剤と排卵誘発剤を併用する調節卵巣刺激法により,一定の採卵数が確保できた.得られた受精卵のうち,上限三個までの初期胚(二?八細胞期:図2)を子宮に移植して妊娠率を向上させることを至上主義とし,残りの胚は凍結保存するという治療方針が,ART妊娠率の向上に大きく貢献した.その反面,多胎妊娠や卵巣過剰刺激症候群の発生が増加し,特に前者は現在も周産期医療に大きな負担を与えている.
 ところで,妊娠率が向上した今日でも複数胚移植が行われる背景として,女性側の高年齢(四十歳以上)による低妊娠率という課題と並び,発生能が高い胚を確実かつ非侵襲的に選択する方法がないという胚側の問題点がある.
 そこで,より良質の胚を選択する目的のため培養液が改良され,in vitroで高率に胚盤胞(図2)まで発育させ得る培養液(sequential culture media)が開発された.この技術により,妊娠率が高い,換言すれば複数胚の移植で多胎妊娠に至る確率が高い不妊女性(例えば三十五歳以下)に対し,胚盤胞に到達した受精卵を一個だけ選択し移植する治療法(eSET;elective single embryo transfer)が,妊娠率を低下させず多胎妊娠を発生予防できる方法として,最近注目されている.
 ほかにも,胚生検による受精卵着床前遺伝子診断・卵や胚のdonation・代理母・胎児減数手術など,社会全体の注目する話題が多い.われわれの行う生殖医療は次世代にさまざまな影響を与え得る立場にあり,新しい技術を導入する際には,広く社会全体から一定のコンセンサスを得たうえで,しかもすべてのクライアントが平等に診療の提供を受けることができるよう,本学会として今後も努力していきたい.

図1 卵細胞質内精子注入法(ICSI)
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図2 初期胚(4細胞期)と胚盤胞
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