生殖補助医療の現状と問題

中国新聞にとても良い記事が載っていました。

JISART理事長 高橋克彦・広島HARTクリニック院長に聞く

 体外受精を中心とした生殖補助医療の普及が目覚ましい。国内でも、体外受精で誕生した赤ちゃんは累計で十万人を超えた。一方、第三者から提供された精子・卵子を使った体外受精や代理出産をめぐる論議も高まっている。生殖補助医療の現状と課題は―。全国二十の不妊治療専門施設でつくるJISART(日本生殖補助医療標準化機関)理事長の高橋克彦・広島HARTクリニック院長(60)=広島市中区=に聞いた。

■晩婚化で増加 第三者提供は法整備進まず

一九七八年に世界初の体外受精児が誕生してから約三十年。現状をどうみますか。

 二〇〇四年には国内で約一万八千人が体外受精で生まれた。この年に生まれた赤ちゃんのおよそ六十人に一人の割合だ。九〇年に開設した当院でも、これまでに二千人を超える赤ちゃんが体外受精で生まれている。ここまで広がるとは、思いも寄らなかった。

 とりわけ凍結胚(はい)移植技術の進歩が目覚ましい。十年前には、受精卵を着床しやすい胚盤胞まで発育させる方法が開発され、良い胚盤胞だけを凍結して子宮の条件を整えて戻すことも可能になった。体外受精全体の妊娠率も、当初の20%程度から昨年は38%とほぼ二倍に高まっている。

― 不妊カップルが増えているのでしょうか。

 晩婚化や加齢による、卵子の質の低下が関係していると考えられる。開設した当時、患者さんの平均年齢は三十二歳だったが、昨年は三七・五歳。女性の年齢は、体外受精の成否にも大きな影響を与える要因だ。

 ― 日本産科婦人科学会の集計では、双子や三つ子の「多胎妊娠」が、体外受精全体の10―20%で報告されています。

 患者さんの希望で、二、三個の胚を同時に戻すことがある。三個以上戻しても、妊娠率は期待するほど上がらないが、妊娠した場合には双子や三つ子になる頻度が高い。早産や未熟児出産が懸念されるだけでなく、出産後の負担も大きくなる。

 ― 先天異常の出現率は。

 現時点では、自然妊娠での出現率(2―3%)と比べ、統計的な差は認められていない。家庭環境などの偏りを否定できないものの、欧米ではむしろ体外受精児の方が発達が良いとする報告もある。不妊の原因となった卵子の加齢や乏精子症が、子の発育などに影響を及ぼすかどうかについては、長期的に観察する必要があるだろう。

 ― 国の不妊治療費助成制度(通算五年間)が四月から拡充されました。

 体外受精を始めて一年以内に妊娠しないカップルは、二年以上続けても難しい場合が多い。確かに制度が広がるのは朗報だが、治療期間中の加齢を考えれば、時間をかけて治療すればいいというものでもない。一年間に集中して助成する方が現実的ではないか。

 ― この先、生殖補助医療は不妊に悩むカップルの救いとなりますか。

 現在の技術は、ほぼ限界まで来ている。顕微授精も受精をアシストしているにすぎず、精子や卵子の質が悪ければ、受精しても成長が止まってしまう。治療を受けている患者さんの一割以上は、こうしたケース。その場合、卵子や精子を直接操作するか、第三者から精子や卵子の提供を受けるしかない。

 ― 先月、友人からの卵子提供による体外受精を、JISART加盟施設が計画していることが明るみに出ました。

 計画はJISARTの倫理委員会で承認されたが、まだ総意にはなっていない。六月初めの理事会に諮って認めるかどうか決めることになる。

 厚労省の生殖補助医療部会は〇三年、匿名や報酬禁止の条件付きで卵子提供を容認する報告書を出したが、いまだに無償の提供ボランティアをどう探すのかも示されていない。結局のところ、「するな」というのと同じだ。私自身は、社会や時代の流れも勘案しながら、不妊治療として定着させたいと思う。

 ― 代理出産も容認すべきだと考えますか。

 代理母になる人のリスクが、卵子提供とはけた違いに高いうえに、家族にも大きく影響してくる。現行法での代理出産には無理があり、実施には法改正が必要。容認論もあるが、現時点では、必ずしも社会の流れになっているとはいえない。

 ― 生殖補助医療の質そのものを懸念する声もあります。

 体外受精を実施している施設は国内で六百を超え、米国を抜いて世界で最も多い。一方、実施件数が月十例に満たない施設も80%を占めている。この間、国や日本産婦人科学会もほとんど規制や指導をしてこなかった。

 こうした現状への危機感から、〇三年に有志でJISARTを設立した。豪州の先進的な取り組みを参考に自主基準を設け、審査には患者代表も参加している。生殖補助医療の最前線にいる医師として、医療の質の向上は当然やらなければいけないと考えるからだ。

代理出産、広がる容認論 ?現実踏まえ合意形成を

 かつては、生命倫理をめぐる大論争を巻き起こした体外受精。一九七八年の第一例誕生から約三十年を経て、国内でも既に「市民権」を得ているといえる。

 この現実に目を向けることなしに、「究極の生殖補助医療」といわれる代理出産や卵子提供の是非を考えても、単なる空論になってしまう。それらに医療技術面の目新しさはなく、体外受精の延長にすぎないからだ。

 代理出産などに慎重論が目立った世論にも、変化の兆しが見え始めている。厚労省研究班が二〇〇三年に実施した調査で、夫婦の精子と卵子を使った代理出産を「認めてもいい」との意見は、半数に迫る46%。別の研究班が昨年末に実施した卵子提供を問う調査でも、回答女性の26%が、提供に前向きだった。

 しかし、国や学会の動きは鈍い。厚労省の専門部会が〇三年、精子・卵子提供を条件付きで容認する一方、代理出産は禁止する報告書を出して以降、放置状態が続いた。ようやく今年一月、法務、厚労両省の諮問を受けた日本学術会議の議論が始まったばかりだ。

 生殖補助医療が普及する背景には「ライフスタイルや結婚観の変化に伴う晩婚化・高齢出産がある」と高橋さんはみる。それは、少子化の要因とも重なり合う。当事者の思いに応えるとともに、社会的な視点も踏まえた合意づくりが急がれる。

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