証について
●陰陽理論
証(しょう)とは、体質や体力、病状などを合わせて、その時点の体の状態をあらわすものです。漢方薬の処方にあたっては、まずその人の証を見きわめなければなりません。逆にいえば、証が決まれば、おのずと方剤も決まってくるのです。同じ病気でも、証が違えば別の漢方薬を用いることになります。このような証にもとづく治療法を「随証治療」とか「弁証・論治」いいます。
この証を判定するための、もっとも基本的なモノサシが「陰陽(いんよう)」の理論です。流派により少し考え方が異なりますが、非常におおざっぱにいえば、陰は「体力が低下しエネルギーが不足している状態」、陽は「体力が充実しエネルギーが充満している状態」です。そして、陰でもなく陽でもないバランスのよい状態を「中庸(ちゅうよう)」とします。
漢方治療の大原則は、陰の人にはエネルギーを補う方剤を、陽の人には体のエネルギーを使わせ病因を追い出す方剤を用いることです。一言でいえば、「不足なら補い、余分なら出す」ということです。体全体のバランスを整えながら、病気を治していくわけです。これが、漢方の陰陽理論です。
病院では、証よりも病名に依存する傾向があります。アレルギー性鼻炎に使われる小青竜湯(ショウセイリュウトウ)、慢性肝炎の小柴胡湯(ショウサイコトウ)、糖尿病性神経障害の牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)などがその例です。賛否のあるところとですが、臨床試験の結果を重視した西洋医学的な使い方といえるでしょう。
そのほか、強い薬の副作用の軽減効果を期待して漢方薬を用いることがあります。たとえば、抗がん剤と十全大補湯(ジュウゼンタイホトウ)をいっしょに飲んだり、インターフェロンに麻黄湯(マオウトウ)を併用したりします。病院特有の新しい使い方といえるかもしれません。
●八網分類
病位を意味する「表・裏(ひょう・り)」、病性をあらわす「熱・寒(ねつ・かん)」、病勢の「実・虚(じつ・きょ)」にもとづく分類です。比較的シンプルな考え方で理論的でもあるので、西洋医学を学んだ医師や薬剤師にも受け入れやすい分類法です。
表・裏..本来は、病気の部位をさしますが、病気の進行の程度も示します。
「表証」は、病気が体の表面近くで起きている急性症状です。たとえば、カゼの引きはじめ、エヘンエヘンするノドの咳、鼻水の多い鼻炎、じん麻疹、ものむらい、などです。表証に用いる代表的な方剤に、葛根湯(カッコントウ)や小青竜湯(ショウセイリュウトウ)があります。一方、「裏証」は、こじれたカゼ、ゴホンゴホンする胸の咳、蓄膿症、その他の内臓の病気、あるいは慢性的な病気をいいます。病気が体の裏側や奥に入った状態です。裏証のうち、胸からミゾオチ付近までの症状を、とくに「半表半裏(はんぴょうはんり)」といいます。この証には、柴胡剤(サイコザイ)という方剤が適当です。狭義の裏証は、ミゾオチより下の腹部の症状をさすことになります。
熱・寒..「熱証」は、顔色が赤く、熱を帯びホカホカしている状態です。炎症を生じていたり、亢進的な状態も含まれます。これに対し「寒証」は、顔色が白く、冷えてゾクゾクする場合です。機能の衰えたアトニー的な状態も含まれます。漢方でいう熱・寒は、体温計による熱とは必ずしも一致しません。カゼの発熱時のゾクゾクする悪寒は「寒証」です。
実・虚..「実証」は体力が充実している状態をいいますが、排除されるべき病因が強いということも含まれます。「虚証」は、体力がなく病気に対する抵抗力が弱っている状態です。なお、中間的な状態を、便宜的に「中間証」と呼ぶことがあります。
これらを組み合わせると、8つのタイプの証になります。すなわち、表熱実、表熱虚、表寒実、表寒虚、裏熱実、裏熱虚、裏寒実、裏寒虚です。これをもって「八網分類」とするわけです。大局的に陰陽理論を当てはめるなら、一番目の表熱実はより陽証であり、最後の裏寒虚はもっとも陰に過ぎる状態といえるでしょう。
●気血水
「気血水(きけつすい)」の3つの考え方も、証をみるうえで欠かせません。
1番目の"気"は、「病は気から」の気と通じるものです。"気"は、形をもちませんが、体の調子にもかかわっています。たとえば、イライラやのぼせは、"気"の上昇(上衝)と考えられ、そのような状態が続けば、胃腸の調子が悪くなったり、血圧が上がってしまうこともあります。逆に気の不足や停滞は、うつを招き、やはり体調をくずしかねません。西洋医学でいう心身症や仮面うつ病は、"気"の異常から生じる病気ととらえることができます。漢方では「気虚証」と呼びます。"気"をしずめる代表的な方剤に半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)や柴胡加竜骨牡蛎湯(サイコカリュウコツボレイトウ)、酸棗仁湯(サンソウニントウ)などがあります。
2番目の"血"は、血流に近い概念です。漢方では、血行障害や鬱血を「お血(おけつ)」と呼んで重視します。女性の月経トラブルやいやゆる「血の道症」には、この「お血」を改善する方剤が使われます。たとえば、桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)、当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)、桃核承気湯(トウカクジョウキトウ)などがその例です。
3番目の"水"は、体内の水分のことです。漢方では、水分代謝の異常を広く「水毒(すいどく)」といい、また水分の過剰を「湿証(しっしょう)」ともいいます。具体的には、浮腫(むくみ)、下痢、痰や鼻水、喘息、内耳液の異常によるメニエール病などです。湿証を改善する方剤には、五苓散(ゴレイサン)、猪苓湯(チョレイトウ)、小青竜湯(ショウセイリュウトウ)、半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)、半夏白朮天麻湯(ハンゲビャクジツテンマトウ)などがあります。いずれも水分を抜く燥性の方剤です。
健康な状態では、気血水が過不足なく、また停滞することなく体をめぐっています。そうでないのなら、その状態を改善する方剤を用いて、正常化するようにします。これが、漢方の「気血水」の理論です。
●その他の証
基本的な「陰陽理論(八網分類)」と「気血水」について述べてきましたが、そのほかにも、補足的にいくつかの証のとらえ方があります。流派にもよるのですが、実際的と思われるものをいくつか示します
燥証(そうしょう)..水分の不足状態(皮膚の乾燥、空咳、口の渇き、コロコロ便、脱水)。
湿証(しっしょう)..水分の過剰状態(浮腫、おなかのゴロゴロ、下痢、湿咳、うすい痰や鼻水)。狭義の水毒と同じ意味合い。
升証(しょうしょう)..上に向かう症状が強い状態(イライラ、のぼせ、咳、嘔吐、しゃっくり、便秘、無月経)。
降証(こうしょう)..下に向かう症状が強い状態(うつ、下痢、月経過多)。
胸脇苦満(きょうきょうくまん)..ミゾオチ付近の重圧感、圧痛・抵抗
→ 半表半裏の目安となり、柴胡剤のよい適応。
心下痞(しんかひ)..ミゾオチのつかえ感
→ 瀉心湯のよい適応。
臍下不仁(さいかふじん)..オヘソより下の下腹部に力がなくフニャフニャ
→ 八味丸のよい適応。
三陽病・三陰病(狭義の陰陽)..病期の分類(太陽病
→ 少陽病 → 陽明病 → 太陰病 → 少陰病 →
蕨陰病)。