インド・タイで代理出産

 インドやタイで代理出産を望む日本人の不妊夫婦が急増し、2008年以降、少なくとも30組が依頼、10人以上の赤ちゃんが誕生していることがわかった。米国より安く済み、日本人向け業者がこの1、2年に相次いで、あっせんを始めた影響が大きい。

 一方で、代理母は貧しく、妊娠中は集団生活を求められる例が多く、倫理面から批判もある。インド、タイ両国政府は、代理出産をめぐるトラブルを避けようと、法整備に乗り出した。

 インド、タイの医療機関やあっせん業者に取材すると、08年以降、インドで20組以上、タイで10組以上の夫婦が代理出産を依頼し、計10人以上が生まれていた。夫婦の受精卵を代理母に移植するほか、第三者からの提供卵子と夫の精子で受精卵を作り、代理母に移す例も多かった。

 これまで、日本人が代理出産を依頼するのは米国が中心だった。インド、タイで日本人の依頼が増えた背景には、08年にインドで代理出産で生まれた日本人の赤ちゃんが無国籍状態となり一時出国できなくなった問題が、大きく報道されたことがある。

 これをきっかけに「安価なアジアで代理出産が可能」と知られるようになり、インド向けの3社、タイ向けの2社のあっせん業者が、主にこの1〜2年の間に東京やバンコクで取り扱いを始めた。現地の診療所と提携、代理母の紹介、出産後の法的手続き、通訳を代行している。

 費用は、代理母への報酬も含め500万円前後のところが多く、米国の3分の1程度で済む。

 代理母への報酬は、両国とも日本円で平均60万円程度。代理母は経済的に貧しい女性が多く、インドでは5〜10年分の年収に当たるという。また「健康な子どもを手渡せるように」と、宿泊所での集団生活を求められ、食事や行動も管理する施設が多い。

 インド、タイ両国とも現時点では代理出産を規制する法律はないが、いずれも昨年、合法化を目指し法案が提出された。インドの法案では、依頼人の出身国が代理出産を認めるという証明書の提出を求めている。日本は認めていないため、法施行後は日本人は依頼できなくなる可能性がある。タイでは金銭のやりとりは禁止する方向で調整中だ。

 日本では代理出産を規制する法律は無いが、日本産科婦人科学会が指針で禁止している。しかし海外でのあっせんに関する規定はなく、強制力もない。日本学術会議は08年、第三者の体を生殖の手段として使うことは問題があると、代理出産を原則禁止する報告書をまとめた。

子持つ道閉ざさないで

子宮を失った娘に代わり、体外受精による娘夫婦の受精卵を子宮に移植し、代理出産を行った実母(53)が、娘(27)とともに、読売新聞の取材に応じ、心境を語った。

 国内で代理出産を行った当事者が、カメラ取材に応えるのは異例だ。

 娘の女性は1歳の時、子宮に大きな腫瘍(しゅよう)が見つかり、手術で子宮を切除した。

 女性の結婚後、実母が代理母となることを申し出て、代理出産の実施を公表している長野県の諏訪マタニティークリニック(根津八紘院長)を受診。女性の卵子と夫の精子とで体外受精を行い、受精卵を実母の子宮に移植した。今春、母体の安全を考慮し、帝王切開で男児を出産した。

 女性と実母の一問一答は次の通り。

 ――なぜ代理出産を行ったのか。

 実母 私は子供を持てて幸せなのに、娘は子供を産めない。その幸せを味わってほしいと思い、「私に産ませて」と娘に言った。

 ――高齢での妊娠、出産に不安はなかったか。

 女性 母の体を痛めてまで子供を持つ必要があるのか悩んだ。でも、とにかく一歩前に進んでみようと思い、根津院長に相談した。

 ――代理出産で子供を持った心境は。

 女性 最初は親になった実感がなかったが、毎日おむつを替え、夜中に授乳し、実感が出てきた。

 ――なぜカメラ取材に応じる決意をしたのか。

 女性 生まれつき子宮のない女性も、病気で子宮を失う女性もいる。私が悩みを話すことで、その方たちの悩みが軽くなればいい。あきらめないでほしい。

 実母 新しい命が生まれるのは素晴らしいこと。代理出産の禁止で、子を持つ道を閉ざさないで。

 ◆法整備進まず◆

 根津院長によると、2001年以降、女性の実母、姉妹それぞれ10組を代理母とした、計20組の代理出産を手がけた。実母が代理母となったケースでは7組が計7児を出産し、2組が妊娠中で来年出産の予定。1組は妊娠しなかった。代理出産した実母の年齢は47?61歳だった。

 実母による代理出産には、高齢のため危険性が高いとの批判がある。根津院長は「10組だけでは断定できないが、安全性にも特別問題ない」と話す。

 一方、日本学術会議の検討委員会は昨年、母体への危険性などを理由に原則として代理出産を禁止する報告をまとめているが、その後の議論は進んでいない。検討委員を務めた加藤尚武・京都大名誉教授は「出産の危険性は個人差が大きい。代理出産を行うなら、法を整備したうえ、妥当性や安全性について個別に判断する審査機関を設ける必要がある」と話す。