体外受精の着床前検査「異常が7割」

東洋経済オンライン記事から
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「私が不妊治療をやめたのは、調べてもらった胚の全部に染色体異常が何カ所もあったからです」

体外受精を目的として、42歳のときに採卵した3個の胚を調べた佐藤香織さん(44歳、仮名)は言う。染色体異常は、子宮に戻す前の段階で、胚(受精卵)の染色体本数を調べる「着床前検査(異数性検査=PGT-A)」の臨床試験で、明らかになった。

今、日本は、全出生の18人に1人にあたる年間約5万4000人もの体外受精児が生まれる不妊治療大国になっている。

体外受精は、排卵誘発剤を使用して複数成熟させた卵子を手術室で体外に採り出す。それを培養室で精子と合わせ、うまく受精が起きれば生命の奇跡の始まりだ。

胚は、最初はたった1つの細胞だが、それが2つになり、4つになり、8つになる。5日もすれば、数百個の「胚盤胞」という状態にまで発育し、顕微鏡下で透明なブドウのようになってきらきらと光る。その様子を、今ではタイムラプス画像で見せる施設もあるが、まさに命の神秘的なエネルギーを感じさせるものだ。

しかし、現実の体外受精では、このような画像に心躍らせながら胚を子宮に戻しては、次の瞬間に「天国から地獄」の衝撃を味わう人が少なくない。原因の筆頭は「染色体異常」。実は、命は胚の段階では染色体異常を持つものが多く、それはごく一部の例外を除いてまもなく消えてしまう。妊娠反応が出て、気持ちがもっと舞い上がったあとで、流産してしまうこともある。こうしたことは、女性の年齢が上がるほど増える。

今の体外受精は、見た目や発育状況から子宮に戻す胚を選んでいるが、染色体のことは外側からいくら眺めてもわからない。そこで始まったのが、胚から一部の細胞を採取し、染色体を調べて、本数が違うものは子宮に戻さないようにする「着床前検査(異数性検査=PGT-A)」だった。

着床前検査について、日本産科婦人科学会はこれまで原則として、重篤な疾患の診断を行う検査のみ、審査のうえで一部だけ容認してきた。だから一般的な胚の検査は本来「禁断」だったわけだが、この検査の不妊・不育症への有用性を調べるとして、臨床試験を開始。約2年の月日をかけ、結果が大体見えた2018年末に行われた暫定値発表は、衝撃的としか言いようがないものだった。

臨床試験は、学会に認定された実績あるクリニック4カ所で得られた、見た目はよいと判断された胚が調べられたのだが、染色体本数が正常だった胚はたった3割ほどしかなかった。

日本では今、胚を子宮に戻す「胚移植」が全国で年間25万回以上も行われているが、その多くが、実は、染色体異常胚を戻しているということになる。

今回の臨床試験は35歳から42歳という年齢の高い女性を対象にしたので、正常胚がここまで少なかったのだろう。とはいえ、日本の体外受精は、この年齢層がボリュームゾーンだ。

冒頭の香織さんにとって臨床試験への参加は、治療の幕を引くきっかけとなった。香織さんも、子どもを望みながら年齢が高くなってしまった女性のひとりだった。

子どもを持とうと思ったのは30代半ばでの結婚と同時だったが、妊娠相談に行った病院で子宮頸がんが見つかり、まずはその治療に取り組むうちに年齢はさらに高くなった。37歳で体外受精をして妊娠反応は得たが、その妊娠は流産に。そこへ追い打ちをかけるように、翌年もまた流産をしてしまった。流産した子の細胞を調べると、どちらも染色体の本数が違っている生まれえない命だったとわかった。

たまたま着床前検査の臨床試験に参加する認定施設にかかっていた香織さんは、検査を希望。承認審査の順番を待っていたが、その間にも年齢は上がってしまい、40代に入ると、培養中に成長が止まってしまう胚が増えてきた。着床前検査は胚の細胞が5個ほど必要なので、細胞がたくさん増えた「胚盤胞」の段階まで成長しないといけない。順番がやっと回ってきて、何とか育った3個の胚を検査に送り出したのだが、そのすべてが染色体に本数違いが起きている胚と判明した。

「その結果を見たとき、自分の卵子ではもう本当に妊娠は難しいのだと感じて諦めがつきました。『もう、これ以上、頑張らなくていいぞ。終わっていいぞ』と背中を押してもらったような気持ちでした」

治療をやめるとき、香織さんは診察室で初めて泣いた。「早く妊娠しなければ」という焦りから、やっと解放された涙でもあったかもしれない。

「長かったですね。でも、私はやり切りました。ただ、これから不妊治療をする人たちには、まだ卵子の状態がよいうちに選択肢があるようにしてあげてほしい」

胚盤胞がたくさんできていた30代の頃を振り返り、香織さんは最後にそう言った。

香織さんは、治療をやめたあと養子縁組について話を聞きに行ったりしたが、その後、家族とよく話し合い、今は、夫と愛犬との暮らしをずっと続けていくつもりだ。

香織さんがかかっていたセント・ルカ産婦人科(大分県)の宇津宮隆史院長によると、今回の臨床試験は、クリニック全体としてもかなり厳しい数字だった。

同施設からは17人の患者が学会に承認され、全部で42個の胚が解析に出された。そのうち、染色体本数が正常と判定された胚は、わずか8個しかなかった。率にして、わずか31%だ。多くの胚が生まれる見込みがまったくない胚で、複数の染色体に過剰や不足があったものもたくさんあった。

当然ながら、香織さんのような、子宮へ戻せる胚がひとつもなかった人は多く、胚移植に進めた人は17人中7人しかいなかった。検査後、新たな胚を作ろうと採卵からやり直す人もいたが、一方では、香織さんのように、なかなかやめられなかった治療を終結させた人も、何人か出た。宇津宮院長は、海外の先行研究から推し量って「半分くらいは戻せると思っていた」と言う。

だが、検査の意義は、あったと考えられる。治療を続けた人は、すぐに次の採卵ができて治療がスピードアップした。

着床前検査をしなければ、今回検査された胚はほとんどが子宮に戻されていただろう。そうしていたら、患者たちは、胚移植の不成功や流産の精神的苦痛、経済的負担に耐えなければならなかった。

体外受精は自費診療なので、同クリニックで胚移植を行うと1回戻すだけで20万円ほどかかる。宇津宮院長は、そこには公的補助金も使われていると指摘する。

「当院で公的助成金を受けた治療周期を調べたところ、3分の2は、妊娠していない周期に支払われていました。国や自治体も、限られた財源をもっと効率よく使わなければ」

また、不妊治療は、必ず妊娠という形でゴールインするわけではない。「不妊治療で最も難しいのは、治療をやめる決心」とつねづね言われていることを思うと、治療を卒業するきっかけがつかめた人がいたことも、検査の恩恵に数えあげていいのではないだろうか。

学会は、これから、臨床研究の結果をふまえて倫理的な議論をしていくと言っている。

着床前検査は、異常がある胚を戻さないのは命の選別であるという理由で厳しく規制されてきた。PGT-Aは基本的に生まれない胚を見つける検査なのだが、わずかとはいえ、生まれうる胚も除外されてしまう点が問題視されている。さらに、この検査は親が子どもの能力や外見を決める「デザイナーベビー」の入口だと警戒する声もある。確かに、人の心には「こんな子が欲しい」という欲があることは否定できない。すでに、国によっては、着床前検査は男女産み分けの方法にもなっている。

しかし、「命の選別」をめぐる議論は、羊水検査の反対運動までさかのぼり、それは高度経済成長のまっただ中だった1970年代のこと。当時はほとんどの人が20代で出産しており、高齢妊娠や不妊に悩む人はとても少なかった。

宇津宮医師の下で臨床試験に参加しようとしたが、基準をわずかに満たさず承認されなかったある女性は言った。

「『命を選ぶな』というのは、簡単に妊娠できる人の意見だと思う」

この女性は5年の治療歴があり、19個も胚を戻してきたが、取材の時点では、まだ子どもを抱けていなかった。不妊検査では何の異常も見つからず、妊娠するかもしれない胚を繰り返し子宮に返し続けてきて、まもなく40代に入ろうとしていた。今、着床前検査を望んでいるのは、このような、子どもを選ぶどころか、たったひとつの命を授かることもできず幾歳月を費やしている人たちだ。

これからの倫理的議論は、今、生殖年齢にある人たちの厳しい現状を理解した上で、本当に必要な規制は何かを考えていくべきだろう。

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この記事では女性の卵子が悪いように書かれているが実は違う!精子が悪いことの方が多いです。血糖値を下げれば染色体は治る。

欧米では10年前から着床前診断をしています。なぜ日本だけ??しないのか。。